【くまもとテーマ便×UIJで新規就農】 山都町で奏でる“移住×有機農業”という生き方

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くまもとテーマ便×UIJで新規就農

ニンジン畑で穏やかにほほ笑む鳥越靖基さんと妻の万里子さん

自然あふれる熊本で、農業を仕事に

雄大な自然、新鮮で豊かな食文化、都市と自然が調和した暮らしやすさなど、近年、移住希望者から注目を集めている熊本県。

そうした中には、「農業」を新しい生業(なりわい)として熊本に移住を決めた人も多くいます。今回は、東京での音楽活動を経て14年前に山都町に移住し、有機農業を始めた鳥越靖基さんを紹介します。農業にとどまらない、地域おこしや後進育成への積極的な取り組みも伺いました。

畑で収穫したばかりの人参を見つめる鳥越靖基さん
さまざまな野菜や米を育てる鳥越さん。山都町の土壌は阿蘇の火山灰を含んだミネラルが豊富で、栄養価の高い野菜が栽培できるといいます

東日本大震災での炊き出し経験を経て、就農を決意

阿蘇外輪山の南方に位置し、標高300〜900mの自然豊かな里山や、国宝・通潤橋などの史跡を有する山都町。実は、全国の中で有機農業にいち早く取り組んだ地域としても知られています。

ここで妻の万里子さんや仲間たちと一緒に有機農業を営んでいるのが、鳥越靖基さん。4.5ヘクタールのほ場でピーマン、ニンジン、サトイモ、ダイコンなどの有機野菜や米を育てています。

元々、東京でレコーディングスタジオの経営やバンド活動をしていた鳥越さんが山都町に移住したのは、2011年7月のこと。東日本大震災で被災した地域での炊き出し経験を経て、「音楽が楽しめるのも、食べものがあって生きていられるからこそ」と思い立ち、就農を決意しました。興味のあった有機農業の研修制度が充実していたことがきっかけで山都町への移住を決めました。

1年半、地元の研修施設で基礎から農業を学び、その後耕作放棄地を借りてピーマンなどを作り始めた鳥越さん。「就農当初は『捨てられた畑で有機農業なんて難しい』と言われることもありましたが、研修で学んだBLOF理論※を基にした有機農業を実践したところ、畑を整備した翌年には野菜がしっかりと育ち、売上も十分めどが立ちました」と当時を振り返ります。

冬の寒さが厳しい古民家暮らしや、集落の組長制度への対応など大変なこともあったそうですが、野菜の収穫が安定すると次第に集落からの信頼も厚くなったといいます。その後、新しいほ場を借り、ファームを拡大。就農してから5年目には山(土地)を購入し、2年間の整備期間を経て、新築の戸建てを建てることもできました。

※BLOF理論(BioLOgical Farming:生態調和型農業)とは、科学的根拠やデータに基づき、作物の生理に合わせて土壌づくりを行う理論

鳥越さんが栽培したニンジンと里芋。どちらも土がついたままで、ニンジンは緑が鮮やかな葉っぱもついています
鳥越さんが栽培したニンジンと里芋。畑には「ワンダーリーベ」や「カンバス」など、鳥越さんのバンドの曲名がつけられています
草原の草を椅子にした、屋外のライブイベントも開催
 

「有機農業と音楽で地域を奏でる」をテーマに、地域おこしにも尽力

現在、農業以外では、イベントでのバンド演奏に始まり、農泊や食育活動を行う「(株)山都でしか」や、有機農業を学べる学校「ORGANIC SMILE」の運営、移住を希望する研修生の受け入れなど、さまざまな活動を通して地域おこしや後進の育成に取り組む鳥越さん。昔と今を比べると、移住のハードルはずいぶん下がったと語ります。

「私が移住した14年前と比べて、自治体の補助金制度や子育てサポート制度はかなり充実しています。また、集落の方との関わりが心配であれば、間を取り持ってくれるような移住者サポートもあります。少しでも興味があるのであれば、ぜひ一度現地を見に来て、フィーリングが合えば思い切ってこの世界に飛び込んでみてください」(鳥越さん)

都市で培った経験を手に、自然豊かな熊本で新たな生き方を選ぶ人が増えています。鳥越さんの挑戦は、地域と共に、自分自身や家族が安心して暮らせる未来をつくる力強いヒントを与えてくれます。

屋外の机で包丁を手に肉をさばく研修生たちと見守る鳥越さん
畑に仕掛けた罠にかかったイノシシの捌き方を、研修生に教える鳥越さん
会議室の演台でパソコンとヘッドセット、モニターを使って講演する鳥越さん。画面には水田の稲が映し出されている
鳥越さんは、全国各地で有機農業に関する講演も積極的に行っています。「中山間地における有機農業の課題を地元の方と一緒に解決していきたい」と展望を語ってくれました
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