旬感くまもと
県内で2つのフルマラソン大会が開催
熊本県は、“日本マラソンの父”と呼ばれ、オリンピックに3度出場するなど、日本のスポーツ黎明期に偉大な足跡を残した金栗四三(かなくりしそう)の出身地です。その熊本県では、2月に2つのフルマラソンの大会が開催され、“マラソン月間”の様相を呈します。一つは熊本市で行われる「熊本城マラソン」、もう一つは玉名市で開催される「玉名いだてんマラソン(横島いちごマラソン大会と併催)」です。
「熊本城マラソン」は県内最大のマラソン大会で、フルマラソンだけでも1万人以上が参加。スタートからフィニッシュまで途切れることのない熱い声援が続くことから、「沿道の応援日本一」とも称されています。併催される「金栗記念熊日30キロロードレース」は、その名の通り金栗四三の功績を記念したもので、フルマラソンへの重要なステップとして位置づけられており、多くのエリートランナーが参加します。


玉名市は金栗四三が晩年を過ごした地であり、「玉名いだてんマラソン」は金栗四三を顕彰するため2023年に始まりました。高低差がほとんどないフラットなコースが特徴で、途中のエイド(給食)では地域特産のいちごやミニトマトが食べ放題です。


問い合わせ先
熊本城マラソン2026公式ホームページ
第46回横島いちごマラソン大会/玉名いだてんマラソン2026公式ホームページ
マラソンだけでなく女子スポーツの普及にも尽力
金栗四三は、1891(明治24)年に、現在の熊本県和水町で生まれました。1912(明治45)年、東京高等師範学校(現・筑波大学)の学生時代に、日本人初のオリンピック選手としてストックホルム五輪に出場。卒業後は教員として働きながら現役選手として走り続けただけでなく、マラソンの普及にも尽力しました。
また、マラソン以外に女子スポーツの振興にも情熱を注ぎました。まだ日本では、「女性がスポーツをするなどけしからん」と言われる時代でしたが、四三は歴任した学校の校長や関係者を説得し、女子にもスポーツをさせるべきだと訴え続けただけでなく、全国を回って女子スポーツの重要性を説く講演会を開きました。さらに金栗四三は、今や正月の“風物詩”となっている箱根駅伝の創設メンバーの一人でもあります。現役時代の彼の日記には、他の選手たちと「こんな大会ができたらいいね」と語り合ったことが記されており、それが箱根駅伝の構想につながったとされています。箱根駅伝でも2004年から、最優秀選手賞(MVP)として「金栗四三杯」が贈られるのはそのためです。


市立歴史博物館では貴重なシューズも展示
金栗四三は、晩年、玉名市小田地区にある家で妻スヤと過ごし、彼の墓も近くにあります。当時の住家は現在、一般にも公開されていて、四三やスヤが使用していた家財道具や着物などから、当時の暮らしぶりを知ることができます。また、敷地内にある四三の隠居部屋だった建物は、資料館として整備され、さまざまな大会で獲得したメダルや当時の貴重な写真などが展示されています。



さらに、玉名市立歴史博物館こころピアでは、現在、「金栗四三展」(~2026年5月10日)が開かれています。ここでも彼にまつわる貴重な展示品が見られますが、中でも海外選手が履いていたゴム底のランニングシューズをヒントに、四三自身が老舗足袋店と共同開発した「金栗たび」は必見です。自身の経験をもとに、何度も試行錯誤を繰り返して完成した「金栗たび」は、当時、地下足袋で走ることが一般的だった日本のマラソンに画期的な進化をもたらしました。

来年の熊本城マラソンや玉名いだてんマラソンに参加して旅ランを満喫するもよし! 玉名市で金栗四三の残した足跡をたどるもよし! 現在のマラソンブームの礎を築いた偉大なランナーを生んだ熊本で、走る楽しさを感じてみませんか。
お問い合わせ
金栗四三住家・資料館
| 所在地 | 熊本県玉名市上小田600 |
|---|---|
| 開館時間 | 9:00~17:00 |
| 休館日 | 水曜(祝日の場合はその翌日)、 年末年始(12/30~1/3) |
| 入場料 | 無料 |
| TEL | 0968-57-7548 |
玉名市歴史博物館こころピア
| 所在地 | 熊本県玉名市岩崎117 |
|---|---|
| 開館時間 | 9:00~17:00(最終入館16:30) |
| 休館日 | 月曜(祝日の場合はその翌日)、 年末年始(12/28~1/4) |
| 入場料 | 一般300円、大学生200円、高校生以下無料 |
| TEL | 0968-74-3989 |




