“歴史と大自然が息づく町”がぐっと身近に
熊本県のほぼ中心に位置し、県内町村で最大の面積を誇る山都町。以前は「交通の便が良くない」というイメージがありましたが、九州中央自動車道の整備が進み、2024(令和6)年に山都通潤橋ICまで開通したことで熊本市街地からの所要時間は大幅に短縮され、日帰りでも気軽に訪れることができる身近で魅力的なエリアになりました。
同町で最も有名なのは、2023(令和5)年に国宝に指定された「通潤橋(つうじゅんきょう)」。独特のアーチ構造は、古代ローマの水道橋にその起源を持ち、シルクロードを経て中国、そして長崎へと伝わった技術です。また、「通潤」という名は、当時熊本(肥後藩)の藩校であった時習館で学ばれていた中国の儒学書『易経』に由来しています。その中に、「気上に通じ潤は草木百物に及ぶ」という言葉があり、万物を潤す願いが込められています。

町内にはこのほかにも、“九州のグランドキャニオン”と称され秋には息を飲むような紅葉の絶景が広がる「蘇陽峡」や、江戸時代末期から受け継がれてきた農民芸能・文楽人形芝居を堪能できる「清和文楽邑」、毎年9月に行われ約260年の歴史を誇る伝統行事「八朔祭(はっさくまつり)」など、豊かな自然と独自の文化が息づく見どころが尽きません。


250年の歴史を紡ぐ酒蔵と、名刀「蛍丸」の物語
その山都町で250年以上地域とともに歩んできた酒蔵が「通潤酒造」です。1770(明和7)年に創業し、敷地内の「寛政蔵」は熊本県内に現存する最古の酒蔵建築として知られます。

酒蔵誕生の背景には独自の物語がありました。江戸時代中期、藩の改革で「隠し田」が摘発され農民が困窮した際、離農を防ぐための産業振興策として、余剰米の高付加価値化と雇用創出を目的に酒造りが許可されたのが始まりです。

同町で長年、観光協会長を務める当主の山下泰雄社長は、地元産の米や水にこだわった酒造りを続ける一方、町の歴史を掘り起こし魅力発信にも努めています。その一つが日本酒「蛍丸」。阿蘇神社の神宝として名高い名刀ですが、かつて阿蘇大宮司家の本拠地は現在の山都町にあり、通潤酒造が立つ「浜町」一帯はその城下町でした。戦に敗れた当主が戦い疲れて眠っていた夜、無数の蛍が集まり刃こぼれを修復したという伝説に由来した名前です。

名刀を擬人化した人気ゲーム・アニメ『刀剣乱舞』で「蛍丸」が脚光を浴びた際、そのファン層を「歴史や伝統文化に敬意を払う人たち」と感じた山下社長は、安易な便乗商品ではなく刀の精神性に通じる純米吟醸酒「蛍丸」を開発。10年前の熊本地震直後に出展した東京でのコミックシティ(同人誌即売会)では、用意した2千本超が即完売しました。

震災を乗り越え誕生した「寛政蔵」。町の未来の起点に
2016(平成28)年の熊本地震では蔵の白壁が崩れ、柱が傾くなど甚大な被害を受け、酒造り存続の危機に直面しました。その窮地から一歩を踏み出すために2019(平成31)年3月にオープンさせたのがカフェ&ショップ「寛政蔵」です。かつて仕込みタンクがずらりと並んでいた酒蔵1棟を丸ごとリノベーションし、喫茶や軽食を味わえ、イベントや交流の場としても活用できるスペースとして生まれ変わりました。さらに、コロナ禍の2020(令和2)年から、山都町産の野菜や米をふんだんに使ったランチ提供をスタート。現在ではインバウンドも含め、年間およそ2万人もの観光客が訪れる町の新たなランドマークとなっています。

「『寛政蔵』が集客の核となることで、同じ通りや近所にある陶器店や雑貨店、飲食店などにも立ち寄ってもらえ、一帯に新たな人の循環が生まれ始めています」と手応えを語る山下さん。町の人口減少が進むなかで、外から人を呼び込み、そこで得たお金で町を潤していく試みには、かつて酒造りをきっかけに町に新たな産業を興そうとした先人の精神が息づいています。

さらに、“今”だけでなく町の未来を見据える山下さんは、最後に「稼げる町になって欲しい。観光でも農業でも、儲かっている・賑わっているという成功事例を作ることで地域の方々が町に可能性を感じ、さらに挑戦する人が増えるような町になれば」と力強く結んでくれました。

問い合わせ先
通潤酒造株式会社
| 所在地 | 熊本県上益城郡山都町浜町54 |
|---|---|
| 営業時間 | 9:00〜17:00 |
| 休み | お盆、年始、通潤橋の放水カレンダーに準ずる |
| TEL | 0967-72-1177 |
| URL | https://tuzyun.com/ |
山都町観光協会
https://kumamotoyamatotour.wixsite.com/mysite




